VR空間にインスタレーションを再現する試み

7月から足掛け4か月ほどかけて、とあるインスタレーション作品をVR空間に再現するという制作を行っていたのだが、先ごろやっと公開することができた。どうにかなるだろうとは思っていたけれど、なかなか大変で、そして楽しかったのでその記録を残す。

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cluster 上の記憶のミライ

なにを作ったのか

札幌のミニシアターの代表であり、映像作家、美術家である、中島洋さんの作品 "記憶のミライ" のVR版を cluster というサービス上に構築した。

cluster.mu

こちらから鑑賞できるので、よかったら見てもらえると嬉しい。PC, Mac, スマートフォンで見ることができるし、Steam VR が使える環境なら VRゴーグルでも見られる。

"記憶のミライ"の詳しい説明は、こちらにあるのだけれど古い8ミリフィルムから作成された映像作品を、4面のスクリーンに囲まれながら鑑賞する。というインスタレーションである。札幌のイベントスペースで開催されていた展示で、COVID-19流行の中では家族で見に行くことはかなわず、僕一人で見にいったのが7月のことだ。その場でVR作品にさせてもらえないかという交渉をしたのが制作のきっかけだった。 cluster の方は、PC, スマートフォン, VR ゴーグルで 3D空間の中をアバターで動き回って、ほかのユーザーとインタラクションもとれるというサービスである。

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現実の"記憶のミライ"

なぜ cluster で作ったのか

そもそも、VR 空間でインスタレーションの再現を申し出たのは、自分の家族のようにCOVID-19の為にインスタレーションを見に行けない人にも、会場のように4面に囲まれたスクリーンで映像を鑑賞するという体験をさせて見たかったというのが大きい。VR空間を作成して共有するというツールは、

  • Amazon Sumerian
  • VRChat
  • cluster

などがあるのだけれど、

というようなツールはなかなか無くて、cluster を選択することはかなり最初に決めていた。友人が働いている会社というのも大きい。結果的にこれは大正解で、Unity で作った3D空間が特別な設定なしに、3つの環境で簡単に動くのはかなり良い体験だった。とくにVRゴーグルで体験するのは最高で、VR空間を自作するつもりでゴーグルを買ったのに結局いくつかゲームをして機材が眠っているという人にこそ試してもらいたいツールだと思う。

制作記録

この先は、cluster のVR空間、cluster ではワールドと呼ばれる物をつくるのに、どんな回り道をしつつ進めて行ったかを書きたい。

まず作り始める方法は、かなりよく解説されているので、cluster 社のブログ

creator.cluster.mu creator.cluster.mu

を読んで、書いてある手順通りに進めれば、とりあえず動くワールドが作れる。この時点で、スマートフォンや、ゴーグルなどで起動してみると、自分が作った3D空間が実機で動くワクワクが味わえると思う。

空間の制作

さて、チュートリアルができたら、自分の思い描く空間を作らねばならない。今回の目標はイベントスペースで開催されたインスタレーションの再現である。当初はイベントスペースの図面をとってきて、完全な再現を試みたのだが、わりとすぐに破綻することが分かった。一つには現実にあるものの再現は、とても労力がかかるという事実による。株式会社積木製作さんによる Unity Japan 社屋のVR空間再現がものすごく気合が入っていて作品として、また制作録としてとても面白い。

aec.unity3d.jp

tsumikiseisaku.com

しかし個人でこれをやるのは時間的、技術的に無理と悟って別の方法を考えることにした。もう一つの理由として、VR空間にはVR空間に向いた文字の大きさ、会場のサイズというのがあるという事が制作を進めるにつれてわかって来て、当初より大幅に大きな空間を作成することになった。という事もある。現実世界には、イベントスペースの広さという制限があるが、仮想世界に物理的制限はないのだ。

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真面目に現実を模倣していたころのblender

空間制作には、blender を使って、blender から Unity へのインポートを行う形で行った。ここで気を付けるべきことは2つ

スケールをちゃんとしておく

ポリゴンの裏表が意図した方向になっているか確かめてからエクスポートする

  • blender はポリゴンをどちらの面から見ても描画してくれるシェーダーが標準なのだが、Unityは表面から見ないとポリゴンが描画されない。(3Dは専門外なので変な言葉を使っているかもしれない。指摘してくれると嬉しい。) なので、ポリゴンの表裏を意図している方向に揃えておかないと、Unityに移動したときに、天井や床が消える惨事が起きる。

dskjal.com

blender でのポリゴンの表裏についてはこちらのサイトの解説が良かった

blenderに標準でついている archmesh は壁を作っていくと、床も天井も作ってくれたり、窓やドアを壁と接触させるとちゃんと穴をあけてくれたりして、建築物をつくるにはとても良いツールだった。しかし、今回の案件ではそもそも現実の空間を模倣する必要がないと途中で気づいたので、はなから Unity 付属の ProBuilder とかのほうが良かったかもしれない。

動画を流す

大まかに空間ができたところで、今回の制作のメインである、動画の表示を確認した。最初にも書いたけれど、この作品は8mmフィルムから編集された動画が4面の布スクリーンに投影されている。これを Unity内の空間で再現する必要がある。幸い Unity には Video Player というめっちゃ便利なコンポーネントがあり、これを Quad オブジェクトにくっつけるだけで、平面上で動画を再生することができる。

docs.unity3d.com

注意点

Video Playerによる動画は自分で発光しているわけではない。つまり外からの光が当たらないと動画は見えない。現実の作品では、プロジェクターによる投影だったので、Unity上でもスポットライトをスクリーンに投影することでスクリーンに光を当てている。全くの3D制作初心者だったので、地面に垂直なポリゴンに、光が全くあたらず真っ黒になって焦るみたいなことがあったのだ...

blender のところにも書いたが、Unity上では、ポリゴンの表側しか描画がされない。板ポリゴンである quad オブジェクトに動画を流すと、表側でしか動画が見られず反対側から見ると何もない空間になってしまう。なので、今回は両面を描画するシェーダーを使って描画している。

tutorials.shade3d.jp

うまい具合に動画が両面で再生されており、かつ裏と表では鏡像になるという、布スクリーンを再現したような状態が作れている。

ライティング

3D空間の肝はライティングにある。ということが今回の制作でよくわかった気がする。ショボショボだった空間もライティングに凝っていくことで、それなりに見られるものになっていく。3D空間上のスクリーンにスポットライトを当てるというのも、そのような工夫がある。スクリーン以外の範囲に光が当たらないように、不可視オブジェクトを使って光の当たる範囲を制限したりと、実際のプロジェクターの構造を再現している。

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スクリーンに投影してる感じを目指して頑張った

注意点

cluster の Creator Kit では、ライティングの自動ベイクが最初から切られている。これはよくお勧めされる設定なのだが、初心者は、どうやってライティングをベイクするのかわからずハマるかもしれない。なんども手動でベイクすればよい。というのが正解で、GPU利用の計算手法でベイクしよう。解説はこちら。 パネルライトはベイクしないと結果がわからないし、ほかのライトもベイクしないダイナミックライトは空間内に2つまでしか置けないのでベイクについて理解しないと、空間の制作はおぼつかない。

Unity のライティングについてはこちらなどが参考になる

qiita.com

装飾と導線

動画しか流れない空間というのも、ありかもしれないが作品の解説も必要だし、現実のイベントの写真などにも興味を持ってほしかったので、そういった文章や写真の展示も行った。cluster の解像度を考えると、現実に比べてそうとう大きな文字サイズ、写真サイズにする必要がある。実際の大きさは作品で見てもらうとうれしい。写真については、横3メートル縦2メートルの想定でオブジェクトを作成していて、これ現実にプリントしたらいくらなんだろうという気分が味わえた。写真や文章の掲示は、ちゃんと厚みのあるパネルを作ったほうがよい。というのも発見だった。べつに板ポリゴン置いておくだけでも見えるが、3cm くらいの厚みのある板に乗せると周囲に影が落ちてそれらしくなる。(この影の落ち方があまりきれいではなくて、どうにかしたいのだが僕の Unity 力が足りていないようだ。)

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パネルには厚みがある方がよい

文章や写真を置いておくだけでは、おそらく読んでもらえないので、美術展のレイアウトを記憶から掘り起こし配置を考える。結局直線的な廊下に置いているだけではあるので、もっと工夫する余地はあると思う。ある種のハックとして廊下の幅を狭くすることで、3人称視点の時のカメラが文章のパネルに近づくようにしている。カメラが近づくと、文字が大きくなってすこし読みやすくなる。なぜ廊下の幅がこれに関係するかというと、カメラが壁にめり込まないように動くため、アバターと壁が近づくほどカメラがアバターに寄っていくのだ。

レビューとフィードバック

制作を始めた段階から、もとの映像作品の編集を担当した中野均さんに、レビューをお願いしていた。結果としてディレクションのような立場で制作に付き合ってもらうことができとても助かった。映像作品の意図などは製作者にしかわからないし、どういう空間にしたいのかというのも含めたインスタレーションであると思っていたので、自分ひとりではどうにもならなかったと思う。また、作ってはアドバイスをもらって、というイテレーションを回せたのもとても良かった。仕事ではない個人製作だとこれができなくて、進捗が停滞しがちなのだ。誰かと一緒にやるというのは私にとってはとても必要なことだと痛感した次第。

おわりに

勢いに任せて随分書いてしまったけれど、作品を見てもらえたら、とにかくうれしい。3Dの空間表現などは枝葉の話で、やはり本編である映像を見てもらいたい。30年以上前の札幌に住んでいた人たちが、いったいフィルムで何を撮影していたのか。見るときっと発見があると思う。

3D空間の構築作業はとても楽しく、無限に時間の奪われる困った趣味だということも分かった。良いアセットがUnity ストアだけでなく、Booth などにもあって、見ているだけでも大量の時間が消えていく。それでもなお楽しいのと、やってみたいことがあるので、細々と続けていきたいと思う。もし、こういったインスタレーションとか写真展とかを3D空間で表現したいというような人があれば相談に乗るので連絡してほしい。